= = 『 評 伝 廣 瀬 武 夫 』 = =

著:安本 寿 ヨ リ


  
 ── 評 伝 広 瀬 武 夫 ──

エ ピ ロ ー グ 「 新 説 ア リ ア ズ ナ 」 (二)

フルツカヤさんの調査結果は、発表する場がないままになっていた。それを知って謎をさたに解明したのは日露文化センター代表の川村秀さんである。川村さんは以前から、廣瀬とアリアズナの恋愛物語を初めて公にした 『加藤寛治大将伝』 (昭和十六年刊) で、アリアズナがコワリスキー嬢と表現されている事に疑問を持っていた。加藤は日露戦争時、廣瀬が水雷長を務めていた戦艦朝日の砲術長で、旅順口閉塞作戦に向かう廣瀬がアリアズナへの最後の恋文を託した人物である。恋心を秘めていた廣瀬が大事を明かすほどの同僚であり、関係者の名前を聞き違えて、記憶違いするとは考えにくい。そのうえアリアズナからの手紙を和訳した廣瀬自身も 「アリアズナ・コワリスカヤ (コワリスキーの女性形) と表記しており、こうしたことを勘案して、フルツカヤさんの探し出したコワリスキー大佐がアリアズナの父と断定した。
次なる疑問は、なぜ架空のコワレフスキー少将なる人物が日本で信じられるに至ったかである。この点については、コワリスキー大佐の専門分野がヒントになる。
彼はロシア海軍省海事技術委員会の機雷敷設の専門家だった。ロシアの海軍兵学校で教鞭を執る指導者でもあり、海事委員会が出版する 『機雷敷設会報』 の編集長も務めていた。一九〇一年には教科書 『機雷敷設と電気工学 ── 上級海軍士官候補生コース』 まで発行している。この知識を狙って、廣瀬は接近したのではないか。それが川村さんの推論である。
廣瀬のロシアでの立場は海軍派遣の留学生、駐在員であった。目的はロシアの国情から文化、軍事力までの情報収集である。そのうえ、海軍内では水雷屋としての道を歩んでいる。その廣瀬から見れば、コワリスキー大佐は格好の人物であることは間違いない。人間・廣瀬の一面を推測させる興味深い推論である。

『評伝 廣瀬武夫』 著:安本 寿久 発行所:産経新聞出版 ヨ リ
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