= = 『 評 伝 廣 瀬 武 夫 』 = =

著:安本 寿 ヨ リ


  
 ── 評 伝 広 瀬 武 夫 ──

第 七 章 シ ベ リ ア 横 断 (四)

二十四日午後一時、ブラゴヴェンチェンスク出発。ハバロフスクへの後半の旅である。
橇旅行にも慣れて気が緩んだか、廣瀬はちょっとしたミスをした。この区間の駅には便所らしい便所がなかったので、戸外で用を足したところ、零下三十度近い寒気が腹に冷え、激しい下痢に襲われたのだ。やむなく駅で馬を替えるごとに用を足す。すると、再び冷えて症状がひどくなる。その繰り返しで、さすがの廣瀬も体力を急速に失った。
スパイの疑いで、シベリア防衛を担うコサックの士官に尋問を受けたのはそんな時だ。引き馬を替えようとした駅で、旅券を見せろと執拗に言われた。今までにない険悪な対応だった。駅の前で、抱える馬の数などを尋ねたことが疑いを抱かせたらしい。
廣瀬はやむなく、旅券を見せた。ロシア外務省総務長官の署名のある旅券で、文面がいかめしい。

(ロシア皇帝ニコライ二世は今般、日本海軍少佐廣瀬武夫の出国につき、この許可を与え、同官のために十分なる便宜を給するよう命ずるものなり)
当時の軍人や駐在武官が、赴任先でいかに尊重される存在だったかがわかる逸話でもある。
コサックの士官は敬礼し、旅券を丁寧に返した。
二十九日の朝、廣瀬の橇はハバフスクに到着した。五昼夜の旅だった。前半と合わせて十一昼夜。この経験を廣瀬は後に、海軍省で報告しているが、その文言が面白い。
「かかる速度にてこの橇旅行をなせし人は、ロシア人でもよほど珍しいと言うのでした。馬は普通、一時間十露里の速度です。それだけ走らせなければ小言が言える。馬丁に酒代を与えうまくおだてると、ことによると一時間十五露里ぐらい走ります。しかし駅によって役人はなかなか馬を出してくれません。あるときは書記に五十銭も与えて買収し、先客の馬を此方へ巻き上げたことも両三回ありました。このごとくして橇旅行しなければ日数を費やすことが多いのです。また昼夜兼行を厭い、夜は休泊などせば、少なくとも二倍以上の日子を要します。わたしはとてもそんな贅沢なことは許されませんので、大いに急ぎました。幸いにして身体の強壮はこれらの旅行に堪え、十昼夜半も橇に乗り続け、車上座眠をしたくらいで、身体にこたえざりしは仕合わせでありました」
世間の相場を知って、ロシア人をうまく使い、時には役人に賄賂を握らせる。なかなかの通人ぶりである。この人が同時に、三十代半ばになって、稚気とも言える純粋さを持つ。上司から頼られ、部下からは慕われた理由は、この二面性にあるのかもしれない
『評伝 廣瀬武夫』 著:安本 寿久 発行所:産経新聞出版 ヨ リ
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