= = 『 評 伝 廣 瀬 武 夫 』 = =

著:安本 寿 ヨ リ


  
 ── 評 伝 広 瀬 武 夫 ──

第 五 章 ロ シ ア 留 学 (四)

コワレフスキー家には三人の子供がいた。長男で海軍少尉のセルゲイ、次男で海軍生徒のアナトリー、そして末っ子の長女アリアズナである。アリアズナは十八歳だった。
アリアズナは亜麻色の髪を束ね、褐色の瞳がいつもきらきらと輝いているような女性だった。肌は白く、顔立ちも体つきもふっくらとして愛くるしい。貴族女学校を首席で卒業した才媛だったともいう。
アリアズナが廣瀬に好意を持ったきっかけは、廣瀬がコワレフスキー家と交際を始めて五ヶ月ほど経って、同家で開かれた晩餐会だったということが、廣瀬研究家の間では定説になっている。ロシアの上級士官を多数招いたこんp席で、コワレフスキーは廣瀬を紹介した。廣瀬の実直な人柄に惚れ込んでいたコワレフスキーの言葉は、最大級の賛辞だったち言っていい。その言葉の中に 「武術の達人」 というフレーズがあった。
乾杯の後、一人の士官が 「日本には柔道というものがあるそうだが、ご存じか」 と尋ねてきた。
「廣瀬君はその柔道の達人ですよ。何なら一つ、どなたかお相手をしてみませんか」
上機嫌のコワレフスキーが言うと、末席から若手の士官が名乗りを上げた。百七十一センチある廣瀬から見ても大男である。その彼が部屋の中央に仁王立ちになり、今にも飛び掛りそうな勢いを見せた。
「柔道はそんな力技ではありません。一通り説明しましょう」
廣瀬の言葉に大男が力を抜いた瞬間、廣瀬は彼の右手をつかんだ。
「柔道はこんな風にやります」
言葉が終わるか終わらぬうちに、大男の体が浮き、部屋の真ん中に仰向けになった。見事な一本背負いだった。
「怖い。日本の柔道は怖い」
大男は青ざめた顔でつぶやくと、廣瀬に握手を求めた。拍手が鳴り止まず、廣瀬のために乾杯が繰り返されたという。
この話には後日談があり、噂を聞いた皇帝ニコライ二世が 「一度、柔道を見たい」 と言い出し、廣瀬を宮殿に招いたという。
大広間で、貴族や高級官吏らが居並ぶなかで、ロシアの陸・海軍から選抜された屈強の士官十人が廣瀬に立ち向った。刺子の柔道着を着た廣瀬は、その一人一人を背負い投げで投げ、得意の俵投げ倒し、四方固めで押さえ込んだ。ニコライ二世が絶賛したのは言うまでもない。
ともあれ、晩餐会の日の晴れ姿を食い入るように見つめていたのがアリアズナだった。廣瀬の下宿を彼女が来訪するようなったのはその日からである。
(男児は兎も角婦人の来訪など) と廣瀬が手紙に書いているのは、このアリアズナの来訪を指すのである。もっともアリアズナは通り一遍のあいさつをすると、そそくさと帰って行くばかりだったらしい。女性と付き合うどころか、まともに接したこともない廣瀬にしても、暇乞いするアリアズナを見送るだけだった。
『評伝 廣瀬武夫』 著:安本 寿久 発行所:産経新聞出版 ヨ リ
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